私は最低ではない、当たり前だ。(と、思いたい)
なのに「人として最低」という言葉が終始出てしまう。
思考をしたくなくても勝手に思い浮かぶ。
これは虐待被害によって加害者が言い放った言葉がこびりついて離れない、内在化した攻撃のことである。
自分は理性では、そんなバカなことと思っても、この思考は何度も繰り返される。
トリガー関係なく、日中、夜間においても思い浮かぶ。
さてそんな、思考に振り回されると、どうなるのかと言うと人に対して、自分より最低なはずがないと怒りが湧くわけだ。
自分が最低なのだから私よりもひどい人はいない!
と思っても矛盾している。
はい、います。
当たり前のようにいます。
最初に虐待してきた母親です。
具体的な描写は、トラウマ被害者の二次加害になるため敢えて伏せる。
性加害、ネグレクト、教育虐待、動物虐待、暴力、暴言、を幼少期から小学3年生まで受け続けてきたぐらいだから相当だと思う。
とはいえ、その後、心臓病と身体障害者の祖母に引き取られ、面倒を見てもらったことは本当に感謝している。
祖母は70歳近い年齢であったが私が成人するまで面倒を見てくれたのだ。
今日は、祖母の月命日。
祖母が面倒を見てくれた中で母親は一切面倒を見てこなかった。
学費も給食費も食費も全部祖母の負担。
当時祖母は生活保護で、母も生活保護で暮らしていたが、母は私を育てているお金をもらいながら祖母にお金を借りながら生活をしていた。
娘の教育費用は一切出してなかった。
しかも、祖母のお使いを頼まれた母親は祖母のお金で祖母に内緒でお酒を購入していたぐらい酷い。(後でレシートで分かった)
祖母は感情の起伏が激しかったが人間性は優れていたほうだと私は思う。
そして虐待の影響はどこまで影響していたのかと言うと、
私は他人に対して感情を押し殺し、怒りを出せなかった。
結果的に、私を集団でいじめてきた女子グループや男子による暴力、教師によるいじめられる方が悪いという暴言、パワハラ、セクハラ、DV被害に対して泣き寝入りすることになった。
といったように、ここまで酷いことをされるのは私が最低な人間だからだと思うことを体は防衛反応として強化してきた35年目。
当然ながら、そんな人生を送っていると身体は病んでしまうらしく、統合失調症、双極性障害、複雑性PTSD、解離性同一性障害などの病理に侵されないほうがおかしいということが分かる。
もう一人の人格が言った言葉。
「ナオは悪くない、虐待行為をしてきた母親が悪い、怒りを直接でなくてもぶつけろ」
母親のせいでこうなった。
成人してから私はそう思えなかった。
世間は母親を褒めていた。
私の虐待事実を信じてもらえなかった。
絶望的になった私は、
もう一人の人格にこういった。
「親の影響のせいにしてはならない。母親は生んでくれたから感謝しないといけない。成人しても心理的虐待(DV被害に対して相談しても冷たく突き放され、死後の遺品整理をしろと言われる)は続いている。しかし、もっと酷い苦しんでいる虐待被害者はいるはずだと、私は自分の虐待に対して大したことないんじゃないか。自分の人生を甘く見積もっているだけなんじゃないか?成人したら自己責任じゃないのか?私はここまで生き延びられているんだから、トラウマ治療なんて必要ない、フラッシュバックが起きても、それが当たり前だしもうなんとも思わない。それに本当に解離性同一性障害なのだろうか、診断を受けているが、私は自分で演技や思い込みをしているだけで、本当に苦しんでいる人しかならないというが私の人生はさほど苦しんでない。やはり母親に感謝して当たり前なんじゃないか?」
と言うと、もう一人の人格に言うと今日、めっちゃブチギレられた。
しかし内容が頭に入ってないらしくなぜ怒ったのか未だに理解が出来ない。
追記 2026/5/19
私の記事に対して交代人格のoneが言及してくれました。