34歳になる前まで、私は自分の受けた虐待の被害を甘くみていた。
34歳になったその年、二度、酷いフラッシュバックが起きてようやく気がついた。
自分は思った以上に深く傷ついていた。
思えば私はいつも「人として最低」という言葉が自動で駆け巡り、私はおかしいんじゃないか?と自分を責める声は毎度のことながら起こっていた。
虐待されていた時に言われた
「あんたバカなんじゃないの?」
祖母にも言われた
「人間の屑」
こればかりは一生忘れることさえ出来ない。
初めての職場で言われた
「小学生でもできるのにあんたは何も出来てない」
「なんで出来ないの?」
と言われ続けてきた。
「私がしっかりしなきゃ、虐待は過去のことなんだから。
これからの私の人生は、過去の言い訳をしないようにしよう。」
「虐待は理解されにくい。周りは、母親を褒める。それでも虐待をされたというのは周りの人にとっては理解しがたいことだし、私の胸にだけ留めたほうがいい」
そう思って世間体を気にしてある日ぷつりと細い糸が切れた。
私の中にある未処理の感情が暴走してしまった、いわゆるフラッシュバックである。
30度の室内温度でストーブを炊いていても、寒気が止まらない。
背筋が凍る。
頭が働かない。
眠気がものすごい。
かと思えば、
焦燥感に襲われる。
急に体が熱くなる。
虐待のネット記事を見ることが止められない。
そして一度目のフラッシュバックの時は通院も疎かになり、半年ほど入院した。
虐待を受けたことは過去のことだと自分に言い聞かせてきた。
そして、自分が傷ついた分、自分だけは人を傷つけないように精一杯生きようと思って生きてきた。
でも本当に必要だったのは、時が止まったままの私の心を少しずつ、癒していくことだった。
怒ってもいい、泣いてもいい、いい子じゃなくてもいい、私は悪くなかった。
統合失調症、
双極性障害、
解離性同一性障害
複雑性PTSD
これらの診断があっても肩書に過ぎない。
私はおかしくない、壊れていない。何度も立ち直ろうと必死だったから、ここまで生き延びられた。
私が傷ついているその感情は、
私が生き延びようとした感情そのものだ。
もっと傷ついている人もいるだろう。
理解されにくい苦しみもあるだろう。
私は自分が不幸だとは思わない。
私はたまたま不運な環境にいただけのことだ。
もっと苦しんでいる人もいる。
生き延びられなかった人もいる。
そうした人達に私は何ができるだろうか。
苦しみは一人一人違うものだけれど、苦しみを知っているからこそ、他の人には苦しんでほしくないと思う。
もちろん理想論に過ぎないということも分かっている。
私は私の苦しみを救えていない、でもこれ以上の苦しみをみたくない。
私の母親は虐待加害者だ。
母は、だいぶ認知が歪んでいる。
人の痛みに気づかない。
私がDV被害に遭おうと、フラッシュバックで苦しんでいても痛みを感じることが出来ない人間なのだ。
だからこそ、私はそうした人間によって壊されることが許せない、許してはいけないと考える。
更生できる人はほぼいない。
虐待は犯罪なのに立証手立てがない。
だからこそ、私は虐待加害者やパワハラ、セクハラ、そうした加害をする人を軽蔑する。
人は間違える、けれど、間違えた上で人生を壊されても
救ってくれる人はほぼいないことを私は知っている。
精神疾患になる前の人生を取り戻すことはもう出来ないからだ。